空が晴れたので、京都銀行に普通預金の口座を作った。端の折れた千円札一枚をカウンターの受け皿に載せると、千円札は忽ち目の前からどこかに消え、暫く待つと、真新しい通帳の第一行目に1,000と印字されて戻って来た。御道通沿いの町屋の出格子の張り紙にこう書いてある。内職、針仕事。北野天満宮門前の茶屋の主が、裏葉柳の暖簾に竿を通して入口に掛ける。その日一回限りの清々しい動作である。菅原道真は人を恐れてはいなかった。道真が恐れたのは言葉である。ぶ厚い瓦で葺いた切妻屋根をむき出しの太柱で支えている北野天満宮の絵馬堂は、寸胴な馬を模しているのだと思う。天井のない屋根の内一面に古色蒼然たる巨大な絵馬の額が掛かっている。何台もの平たい腰掛や飲料水の自動販売機が置いてあるが、ここは休憩所とは記されてはいない。近所の者らしいオッサンが四人、一つの腰掛に掛け、ある者は上り込んで片膝を立て、時々扇子で蚊を追い払う。「えーにおってもじゃまになるだけやしなあ」「ここにおるもん、みなそや」どっとはらひ。島を一つ隔て、中国語を話す赤ん坊を連れた若い夫婦が、レジ袋から取り出した食パンに割り箸でジャムを塗っている。日向をやって来た中学生の五人組が、手水舎で清めた両手を亜麻色の制服のズボンの尻で拭う。菅原道真が五人組の後ろをひそとついて行く。鈴なりの絵馬の一つにこう書いてある。台湾裁判官合格祈願。その下の絵馬にはこう書いてある。字がうまくなりますように。門の塀にはこう書いてある。まりなげは禁止。駐車場の生垣にはこう書いてある。できるだけ前へ。北野天満宮菅原道真は学問の神様である。これは励ましの言葉なのであろう。

 「妖女「いいや、違うよ。「光」だよ。」」(メーテルリンク 堀口大學訳『青い鳥』新潮文庫1960年)

 「"被災地の心"オペラに」(平成26年7月1日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)