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 上村一夫に用があった。「吉日」という話がある。家で花嫁姿を整え、婚礼に行く姉を見送る弟を描いた上村一夫の漫画である。ことは何も起こらない。姉に起こされ、弟は遅い朝食をひとりで摂り、父親は新しい餌を食わない文鳥の心配をしている。親戚が集い、やがて美容師が開けた襖の奥に、文金高島田の姉が現れる。姉は弟に礼を云い、近所の者が囲む黒塗りの車に乗り込む。降り出した雨に、取り込み忘れたストッキングの片方が物干しで揺れている。1970年の少年マガジンに載った話である。同じ号には、ジョージ秋山の「アシュラ」が載っていた。赤軍派日航機「よど号」をハイジャックし、北朝鮮飛礫(つぶて)になった年である。嵯峨にある京都嵯峨芸術大学附属博物館の「漫画家上村一夫の世界」展に向け、上村一夫の令嬢汀氏は、父の仕事にはまったく興味がなかった、と語っている。父親はまだ、娘に手の内を見せない。上村一夫は、娘の目の届かないところで仕事をしていた。見れば分かる。孤独な呼吸を留める上村一夫の原画は、男と女の生臭い息で溢れ返っているのだから。広隆寺の横で、消防士が梯子の昇り降りの訓練をしていた。卵のパックを腕にぶら下げたひっつめ髪の女が、その兵隊を模した訓練をじっと見ていた。「吉日」で弟は、白飯の上に生卵を割って落とした。上村一夫、享年四十五歳。

 「こんなわけで、座席の入れ替えが無事に済みました。お角はこの船の中で、神様から二番目の人にされてしまいました。」(中里介山大菩薩峠』第三書館2004年)

 「南相馬のコメに放射性物質 がれき撤去で飛散、付着か」(平成26年7月15日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)