神が下りる神聖な場所を森というのであれば、糺の森は正真正銘の森である。欅榎の落葉樹が生い茂り、奥に下鴨神社が控えている。しかしその広さを東京ドームの三倍、と比較をすれば、鬱蒼とした午の薄闇ではなく、三つ並んだ球場でユニフォーム姿の選手が野球をしている様子が目に浮かぶ。三つの球場から四つのベースを剥がし、観客席を取り払い、落葉樹の苗を植え、水の流れを作る。樹が芽吹き、葉を繁らせ、実をつけ、葉を落とし、また芽吹き、葉が落ち、やがてその場所に糺の森が出来上がる。下鴨神社のみたらし祭のこの日には、糺の森に仮の道が設けられ、左右に露店が並んでいる。時は午でまだどの露店もシートで覆われ、どこからも威勢のいい声は掛からないし、焼きそばリンゴ飴の匂いもしない。境内では混雑の予想に、鉄杭に縄を張って参拝者を並ばせる迷路を用意しているが、まだ一人も並んでいない。水色白の幕の内で裸足になり、一本三百円の蝋燭に火を点し、御手洗池の湧水に足を浸しながら無病息災を念じ、端の台まで歩いて行って蝋燭の火を立てる。タルコフスキーの映画『ノスタルジア』にそっくりな場面がある。焼身自殺した知り合いに代わり、男が浅い温泉の湯に足を浸し、その端から端まで点した蝋燭の火を手で囲って歩く。何度も途中で火が消え、男はその都度はじめからやり直す。あの時男は何を祈っていたのか。その場面の前であったか、男がある出会った少女に名前を訊く。少女はアンジェラと応え、男はいい名前だと少女に云う。手に蝋燭を握り、太鼓橋の下を潜り、小さな女の子どもが御手洗池をやって来る。顔は博多人形のようである。名がアンジェラかどかは分からない。森の小川に浮いていたアメンボとは比べものにならないほど、その足つきは覚束ない。糺の森の入り口に、京都家庭裁判所がある。人は森に入る前に善と悪を思う。公示通達。平成25年(家)第3459号推定相続人廃除申立事件。上記当事者間の頭書事件について、相手方に送達すべき下記書類を当裁判所書記官が保管しているから何時でも出頭のうえ、これを受領されたい。平成26年(家ホ)第14号離婚等請求事件。頭書の事件について、あなたに対する下記の書類は、当書記官室に保管してありますので、出頭の上その交付を受けてください。平成26年(家ホ)第48号認知取消請求事件。頭書の事件について、あなたに対する下記の書類は当書記官室に保管してありますので、出頭の上その交付を受けてください。

 「漁夫とその家族が、指定された場所に着くと、海水は次第に満ちはじめた。」(ポール・ゴーガン著 前川堅市訳『ノア・ノア タヒチ紀行』岩波文庫1960年)

 「ドライアイス6リットル投入 第1原発の凍結止水対策」(平成26年7月26日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)