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 一週間前、玄関前に立っていた婦人が、地蔵盆の寄附に賛同して欲しい、と云った。賛同していただけないでしょうか、だったかもしれない。生まれ育った福島に地蔵盆なる風習はなく、その意味内容を知らぬまま、婦人が示した金額千円札二枚を渡した。昨日の夕出先から戻ると、同じ婦人がまた現れ、今日地蔵盆がありまして、と云って<粗供養>と熨斗に書いてある袋を置いていった。袋を開けると、近所のスーパーマーケットが発行している五百円の商品券が一枚入っていた。その昨日の朝、地蔵盆とマジックインキで書いた紙を貼った段ボール箱が、近くの路地口に置いてあり、その奥にテントが一張立っていた。別の所では、ガレージに赤や白や薄紫の提灯が下がり、床に敷いた茣蓙の上で男がタバコをふかしていた。地蔵盆は見なかった。地蔵に花を供え、集った子どもが手を合わせた。過日てるてる坊主を探した日に見た祠の地蔵の化粧は、地蔵盆の際に施されたものだった。寄附は子どもの菓子になった。学校は今日から始まっている。地蔵盆はそのような季節の位置にあり、毎朝蝉が鳴いていた欅の下のつゆ草が、明るい青い花を幾つかつけていた。

 「何がゆかうと驚くことはない。昨日の空の色など今日は面影を止めず、第一空自體が明日存るかどうかわからないのだ。」(塚本邦雄『百句燦燦』講談社1974年)

 「62%が1ミリシーベルト未満 外部被ばく線量推計」(平成26年8月25日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)