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 ぱらぱらと、雲の晴れ間から雨が落ちて来た。台風は夜の間に通り過ぎて行ったが、嵐山小倉山の上に鼠色の雲の溜りがあった。天気雨のことを、狐の嫁入りと呼べば、目の前の景色が入れ代っている。入れ代った気分になる、と云ったほうが親切かもしれない。目の前には狐もいないし、花嫁行列もない。狐火も点っていないし、夜でもない。狐が人を化かすという云い伝えを子ども時分に聞けば、本物の狐に出会わなくとも、そのことは忘れない。葉っぱを金に変える。女に化ける。馬の尻の穴から花嫁行列を覗かせる。狐の嫁入りは、振り返っても決して見ることの出来ない人の背後を通っていく。雨は上七軒の石畳を濡らすほど降らなかった。上七軒は祗園と同じ置屋料理屋が軒を並べる花街であるが、祇園とも違う。すぐの裏手はなだらかな傾斜に沿った住宅町である。舞妓芸妓が夜毎酌をする室の壁を隔てた後ろの家では、その家の家族がテレビの食べ歩きやドラマ番組を観ているのである。露地口で、酒屋の配達の男に料理屋の女将が、「半袖で寒うおまへんか。」と声を掛ける。「へえ、おおきに。」下って出た七本松通で、また狐の嫁入りに会い、千本通で虹を見た。吉や不吉の云いはあっても、虹に、狐の嫁入りのような云いを知らない。

 「急ぎの用事ならさうする必要もあらうけれど、成る可く急ぎの用事のない様にするのも、私の心掛けの一つである。」(内田百閒『御馳走帖』中公文庫1979年)

 「建屋流入、対策進まず 台風で第一原発1・3号機に雨水」(平成26年10月7日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)