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 壬生大念佛狂言を観るための階段席を設けている壬生寺会館の一階は、壬生寺保育園になっている。二階は仕切りも何もない講堂で、狂言が演じられる大念佛堂に向かって吹きっ晒しのコンクリート階段が下がり、右手の下の地面に園児のための滑り台などが置かれ、西に当たる左手の向こうの高架を、時折嵯峨野線の車両が通過して行く。壬生寺の境内にはこの保育園の他に、壬生老人ホームとウェルエイジみぶというそれぞれ三階と六階建の老人ホームが建っている。ウェルエイジみぶで終命した者については、境内の墓地に合祀墓と永代の供養が用意されている。幕末、近藤勇率いる新選組がひと時向かいの民家で寝起きし、この境内を訓練場にしていたという。その新選組の身内に斬り殺された壬生浪士芹澤鴨が、この一角で眠っている。コンクリートの階段に置かれた形も大きさもまちまちなベンチや敷かれた布に座り、来場のある者は持参の昼飯を摂り、午後一時、鎌倉の時代から七百年演じられ続けて来た壬生大念佛狂言が始まる。第一番目の演目は、「炮烙割」というクライマックスで厄除けに奉納された素焼きの炮烙を叩き割る話である。役人が立てた、新設の市の一番手の税を免除する旨の立札の前で、一番乗りの太鼓売りが居眠りをして仕舞い、後からやって来た炮烙売りがその隙を盗んで一番を名乗り、争いの果てに炮烙売りが役人に一番を認められ、店棚に炮烙の山を並べるが、太鼓売りに端から地面に落として割られ、免除の立札は太鼓売りのものとなる。面を着けた演者達は、一言も言葉を発しない。登場人物は言葉を知らない者のように振る舞う。言葉を使わないというところには、覚悟がいる。身振りを大袈裟にする。同じ動作を何度も繰り返す。言葉は、言葉を理解しない者には伝わらない。言葉を理解する者同士であっても、言葉の意味が正確に伝わるとは限らない。仏教はそのどれもが、単純と晦渋の二つの顔を、民衆に見せる。壬生大念佛狂言は、教えの単純さを伝えるために言葉を使わない。教えを受ける者は、この目で見るしかない。「炮烙割」の役人は、舞台の端に立札を立てるだけの動作に五分費やした。演者は言葉を発しないが、舞台の後ろで奏する鉦、太鼓、笛の音色の強弱が、演者の動作の意味を暗示する。鉦を敲く者だけが正面に背を向け、頭を捩じりながら演者の様子話の流れを確認しつつ音色を変える。舞台には袴姿の男がもう一人控えていて、演者の座る位置に腰掛を用意したり、着替えた姿を整えたり、使った道具を片づけたりする。第五番目の演目「大江山」で、山伏がぶら下げていた法螺貝が床に落ちて砕け、演技の最中にもかかわらず箒と塵取りで始末し、新しく用意した法螺貝を何事もなかったかのように山伏の手に持たせた所作は、狂言という舞台ならではのことであろう。第二番目の、隠し持った妻と子がばれ、僧が寺を追われる「大黒狩」が終わると、観客が幾らか席を立った。演目は、女に大小刀を奪われた平維茂がその女に化けた鬼を退治する「紅葉狩」、信心深い白拍子に心奪われた大尽の妻が狂う「桶取」、源頼光とその家来が酒呑童子を退治する「大江山」と続いた。壬生大念佛狂言が、仏の教えである限りにおいては、その話の筋に何ほどの面白みもない。現在の観客は、単純な筋を担った演者の、その時々のその一瞬一瞬の所作動作の一つ一つを、目を凝らして見なければならない。その所作動作には、確かに意味がある。しかし見る者が受け止めるのは、言葉を口にしない所作動作そのものの美しさ、面白さ、あはれさである。「大江山」の途中で日が落ち、客席に冷たい風が吹き始めた。右手の遊具も、左手の嵯峨野線の高架も家並も闇に消え、念佛堂の舞台だけがようやく観客の目の前に立ち現れた。

 「われ等は何処までも、見るからにおぼつかなげな外光が、黄昏色の壁の面に取り着いて辛くも餘命を保っている、あの繊細な明るさを楽しむ。」(谷崎潤一郎『陰翳礼讃』中公文庫1975年)

 「「個別交渉」見通し立たず 中間貯蔵・地権者向け説明会」(平成26年10月13日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)