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 天使突抜三丁目から五条通を五百メートル東に進むと、烏丸通と交差する。その交差点の北側、烏丸通五条上ルに悪王子町があり、悪王子町から烏丸通を七百メートル上がり、交差する綾小路通を百メートル東に入った東洞院通四条下ルに元悪王子町がある。「悪王子社址、元悪王子町東側より立売西町に延及する地とす。紀伊国熊野社と同じく素盞嗚尊の荒魂を祭る。鎮座の年月詳ならず。文禄年中まで此地にあり。慶長元年四条通京極祗園御旅所に移す。其後天明大火後ならむ四条通祗園大和大路ノ角に転じ、明治十年四月京都府達に依り、八坂神社境内に移し、第二摂社とす。大國主ノ社、元悪王子町にあり、元小悪王子社地内にありし歟、素戔嗚尊七世ノ孫大國主神、其子事代主神及び少彦名命の三神を祭る。勧請年月詳ならず。天正十八年社を烏丸通万寿寺通下る町に移す。之より此町を悪王子町と号す。慶長元年四条京極祗園旅所の東に移す。天明文久元治三回の火災に罹る。明治十年十月京都府達に依り、八坂神社に移し、末社と為す。」(『京都坊目誌』大正5年(1916)刊) 烏丸通を中に挟んだ悪王子町は、生命保険消費者金融商社賃貸マンションなどの五つのビルで町のすべての地面が埋まっている。その消費者金融から出て来た革ジャンを着た若い男が、車の流れの隙を縫って、通りを向こうへ渡って行った。男の細いズボンのガニ股歩きに、座頭市を演じた勝新太郎の後ろ姿が、悪王子町で重なった。座頭市はどこへ行っても目が見えないことで貶められ、騙され、身の安全を脅かされる。それがために、座頭市は仕込み杖の一振りでおのれの身を守る。座頭市のその一瞬の居合抜きは、見た者を驚き慄かせる。座頭市は子分の非礼を詫びた親分に招かれ、草鞋を脱ぐ。宿場はやくざ一家が縄張りを争っている。座頭市は我が身を守る剣の技のために、やくざ同士の抗争に巻き込まれることを余儀なくされる。人を斬れば恨みを買い、命を狙われ、また人を斬る。悪循環である。「座頭市兇状旅」で座頭市は、幾人もの人を斬り殺した後、義理のあった女にその一部始終を見られていたことを知った途端、身を縮こまらせ、握っていた刀を足元に投げ捨てる。映画の終わり、その女らに見送られ、座頭市は宿場を出て行く。聞こえて来た祭囃子に合わせ、踊る仕草を見せた座頭市は、女らから遠ざかり、祭囃子が聞こえなくなると踊りの手を止め、おどけていた表情を一変させる。それはただならぬ悪人顔だった。悪は状況である。手掴みにして示すことは出来ない。大乗仏教に従えば、悪も善も等しく実体がなく、状況の生滅する空である。元悪王子町には、ミニチュアのような悪王子社の祠がコンクリートの上に建っていた。通りの向かいは駐車場で、道端に立てた黄色い幟旗がひらひらはためいていた。悪王子社は、『京都坊目誌』の通り八坂神社の境内にあった。八坂神社の本殿の前で、老若男女が長い列を作っていた。参拝を終えた者は、東の門を潜って、円山公園の紅葉を見に行った。門の手前にある諸願成就の神、悪王子社に足を向け参拝する者はいなかった。日が傾いた本殿の裏で、綿虫が飛び交っていた。風が来ると、そのまま風の向きに流され、しばらくするとまた戻って来て、ふわりふわりと宙を漂った。素手で掴まえれば、熱に弱い綿虫は腹の綿が溶け、羽の精気を失くしてしまう。掴んで開いた手にあるのは、目の前で飛んでいた雪綿とは似ても似つかぬ、憐れな虫の姿であるはずである。

 「夜とひるのあいだには、自然が眠っている時間がある。その時間を見ることができるのは、早おきの人たちか、夜どおし旅をつづける人たちだけだ。」(フィリパ・ピアス 高杉一郎訳『トムは真夜中の庭で』岩波少年文庫1975年)

 「大気と放射性物質の関係に理解 福島で「気象講演会」」(平成26年11月23日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)