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 京都新聞が、京都の桜の名所を選定している。立本寺千本釈迦堂雨宝院京都御苑妙蓮寺本隆寺渉成園離宮二条城佛光寺城南宮墨染寺醍醐寺上賀茂神社原谷苑上品蓮台寺平野神社等持院常勝寺東寺六孫王神社嵐山二尊院旧嵯峨御所大覚寺門跡天龍寺仁和寺梅宮大社妙心寺退蔵院法金剛院龍安寺勧修寺毘沙門堂門跡山科疏水宝ヶ池公園京都府立植物園半木の道南禅寺蹴上インクライン岡崎疏水金戒光明寺宗忠神社大原三千院京都市営動物園平安神宮神苑真如堂鞍馬寺祗園白川円山公園知恩院清水寺高台寺勝持寺正法寺大原野神社善峯寺淀川河川公園背割堤地区地蔵禅院石清水八幡宮宇治橋上流平等院哲学の道水火天満宮車折神社十輪寺大石神社随心院常照皇寺。平野神社のぬかるんだ参道の両の方に、走り書きのような品書きを貼りつけたベニヤ板の座席小屋が並び建ち、露店が傍らで火を使っていた。赤い布切れで被っただけの粗末な席が有料であると聞けば、昼日中から酒を酌み交わす者もなく、がらんとした小屋の前を、頭上の枝を見上げながら花見客が行き交っていた。小屋の裏で、テキヤの家族が椅子の上に膝を立て、昼食事を摂っていた。満開の空の日が西に落ちれば、提灯電灯に明りが点り、座席は夜桜目当ての人で埋まるのかもしれない。あるいは昨晩がそうであったのかもしれない。参道の口で、白髪の老婆が地面に転び、割れた人混みの足元で、片肘と尻を泥で汚して立ち上がった。擦って取れる汚れではなかった。連れのいない老婆は、着るものを汚したまま花見客の中に紛れて行った。人足(ひとあし)が途切れると、老婆が転んだ泥の上に、桜の花片が舞って落ちた。仁和寺の御室桜は遅咲きである。東門の普賢象も莟だった。西門を出ると、参拝の姿が途絶え、塀に沿って裏に回ると、土手のような斜面が道に迫り、頂にソメイヨシノが並んでいた。斜面の上は府立聾学校だった。聾学校は春休みで、門を閉ざしていた。聾学校の校庭の外れの、その斜面の頂の桜の下で、東南アジアのいづれかの国の者らしい若い男女が膝を折って座り、ものを食っていた。頂にいるのは、その二人だけだった。二人の眼下に、坂になった辻と、常楽寺の墓地があった。その東南アジアの男女は、日本に来て、桜を見ながら弁当を広げる場所を、そこに選んだのである。芭蕉は、さまざまの事思ひ出す桜かな、と平凡な句を残した。言葉を絞り出し尽くした果ての、芭蕉の口から零れ落ちた言葉である。

 「「なんの花を摘んでいるの?ジャンヌさん」「お星さまを摘んでいますの」かれは、一瞬間考えてから、いう。「それは、いいね。ジャンヌさん。とても、いい事だね」」(「ミュンヘンにて」リルケ 水野忠敏訳『ポルトガル文』角川文庫1961年)

 「「ふたば未来学園高」開校 福島の復興支える人材に」(平成27年4月9日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)