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 霊亀山天龍寺の塔頭慈濟院には、門が二つある。慈濟院と書かれた木札を掲げた門と、来福門と書かれた扁額を掲げた門である。慈濟院と書かれた門は、門の内に竹竿が渡してあり、入ることを止めている。が、来福門は開いている。来福門を潜った先にあるのは、弁財堂である。祀る弁財天は水摺福寿弁財尊天である。水摺福寿弁財尊天は、元々は天龍寺塔頭福寿院が祀っていた弁財天である。福寿院はいま、存在しない。その門からは入ることの出来ない慈濟院に、この弁財堂の傍らに植わっている松の樹の間を抜け、その庭の中に入ることが出来る。あるいは、そのようにして慈濟院の庭先に出てはならないのかもしれない。ベトナム語を話す若いカップルが、来福門を入って来て、弁財天に手を合わせ、堂の天井の龍の墨絵に気づいて見上げ、左の松の樹の間を抜けて向こう側へ入ると、戻って来て、堂の手前にある小舎の表の、灰皿を据えた畳敷きの露台に女の方が腰を下ろす。座布団を隅に積んだ畳は、雨風で薄汚れている。女が小さな声で何か云う。男は首から下げたカメラを構える。入って来た時、二人は「ヌイ」という言葉を交わしている。「ヌイ」はベトナム語の「山」である。天龍寺の背後の嵐山亀山を指して、「ヌイ」と云ったのかもしれない。「山」以外のベトナム語は知らない。オリヴァー・ストーンベトナム戦争映画『プラトーン』のアメリカ兵もベトナム語を解さなかった。そのように映画は描かれていた。穴から這い出た村人をベトコン、南ベトナム解放民族戦線の者かどうか区別がつかず、アメリカ兵は銃で撃った。銃で撃ったアメリカ兵は、ベトナム戦争で五万七千余死亡した。したたかなベトコンのベトナム語の声は、小さかった。キリストは、ことさら大きな声を出さなかった。人は聞き取ることがで出来ず、キリストに一歩耳を近づけた。日本人も中国人も、英語を話す者も座らない場所の汚れも厭わず、ベトナムの若い女は腰を下ろして、写真におさまる。若いベトナムの男は、来福門を出て行く女の後ろで、庭の黄赤色のノカンゾウの花をカメラにおさめる。ノカンゾウは、ベトナムの国旗金星紅旗を思い出させたかもしれない。

 「「なんかおおきなもん見たいな」おばさんがいった。ぼくとおばさんは次の日、シャチのいる水族館に向かった。」(山下澄人コルバトントリ文藝春秋2014年)

 「福島・渡利3107人が裁判外手続き 「被ばくを強いられた」」(平成27年7月22日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)