蒸気機関車、例えばD51形を一キロメートル走らせるためには、百リットルの水と石炭が約四十キログラム必要である、と梅小路蒸気機関車館の展示パネルに書いてあり、素朴な機械の原理を習った頃を思い出す。続けて、石炭を一回のショベルで掬える量は約二キログラムで、一キロメートル走るためには二十回掬って火室に投げ入れなければならないと説明する。時速六十キロメートルで走るためには、一分の間に必要な石炭の量は四十キログラムとなり、三秒に一度石炭をショベルで掬って投げ入れる動作をし続けなければならない。その「広い火室の中へ均等に石炭を投入して完全に燃焼させるのに、大変難しい技術が必要」であるとして、機関助手見習いは、投炭練習機を使って訓練を受けた、とパネルの説明が続く。その訓練では、例えば「ショベルの刃先を突当た時」「火室内を特に覗いた時」「ショベルを落とした時」「ショベルを火室内に投入の時」減点される。訓練を終えた者は、揺れ動く機関車の中で、三秒に一度ショベルで石炭を掬って投げ入れる釜焚き作業を休みなくし続けなければならない。しかし、このような人が石炭をくべる蒸気機関を、人は已めてしまう。最新だった技術が、最新でも最良でもなくなった時、教える者は、進歩、と教室の黒板に書いた。夏草に汽罐車の車輪来て止る 山口誓子。夏草が生えているのは引込線であろう。そうであれば、汽罐車は運行を終えたのである。煤と汗で汚れた機関士たちは、われ先に風呂場へ直行する。梅小路蒸気機関車館の隣の梅小路公園で、十代の者らが縄跳びをやっていた。二人が二本の縄を操り、その縄の中で踊るように飛ぶダブルダッチである。機関車の真っ黒な図体を見て来たばかりの目に、その縄と身体の動きはあまりにしなやかであり、優雅であり、進歩などという言葉とは無縁の、永遠という目に見えない言葉の正体を垣間見せてくれているようなのである。

 「波がなだれ込み膝のあたりまで浸水しても慌てない。カヌーとはそういう乗り物、いわば海のうねりや波と一体化し、ぎりぎりの浮力で進んでいくものと了解したからだ。」(宮内勝典ニカラグア密航計画』教育社1986年)

 「モミの木、生育異常 大熊、浪江の帰還困難区域で増加」(平成27年8月29日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)