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 九月十二日、晴。三つの紫色を見た。九月十二日に意味はない。九月十日、大雨で鬼怒川堤防が決壊し、大洪水が起きて人家が流された。不明者は、いまも流されている。一九四十年九月十二日、フランス・ドルドーニュで四人の少年がラスコーの洞窟壁画を発見する。一九十三年九月十二日、中里介山が「都新聞」に『大菩薩峠』の連載を開始する。桂川の河原一面が葛に覆われていて、蔓が這い寄るアスファルトの土手道でも甘く青臭い花が匂っていた。葛の先細る房の花の色は紫である。三条通から渡月橋を渡った川沿いに広がる嵐山公園の木蔭に老人がイーゼルを立て、北嵯峨に連なる奥の山の緑を薄紫色に塗っていた。公園には刈り込まれた叢があり、帽子を被った老人達が、薄い輪とノートの大きさの何枚かの板を持って、その板を地面に並べ、その輪を宙に飛ばしていた。桂川を越えた四条通の西の果てに松尾大社の鳥居がある。東の果ては、八坂神社である。松尾大社の背後に二百ニ十メートル余の松尾山があり、松尾大社はこの山に住まう山霊を、帰化人の豪族秦氏が麓に引き下ろし、大山咋神(おおやまくいのかみ)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の二神を新たに祀って拠りどころとし、平安朝廷もこれを拠りどころ、守護神としたのである。現在の松尾大社は、日本全国の酒屋の酒樽を境内の一角に積み重ね飾る酒の神社である。社務所の前の小庭に植えられたムラサキシキブが、毒々しい紫色の玉の実をつけていた。まなこみな薄紫の神の旅 久乃代糸。十一月、田を実らせた神は山へ帰る。その途中、神々は出雲大社に集い、来(きた)る年の種々(くさぐさ)を話し合うという。

 「魂もまた非常に大きな物質なのだ!ひとはとてもそれを視つめる勇気はない。」(ガストン・バシュラール『水と夢』国文社1969年)

 「建屋近くの地下水を初放出 福島原発「サブドレン計画」」(平成27年9月14日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)