旅案内『京内まいり』は、洛中洛外を三日で巡る旅程である。その最終三日目は、「下賀茂より二條の御城迄の名所」をしるすとし、「下賀茂へゆくには寺町通今出川まであがり東の方河原へ出れば東北に糺(ただす)の森見ゆる三條寺町の辻より貮(に)拾丁余此間に下御靈(しもごれう)中(ちう)御靈浄花院(じやうけいん)などの前をとをる。下鴨 山城國愛宕郡(やましろのくにおたぎのこほり)、上賀茂の御祖神(みをやのしん)、御祖皇太神宮(みをやくわうだいじんぐう)と申たてまつる。本社の左の鳥井を出て、御厩(おんむまや)。此前を西へ行右の方に町貮筋有左の方を壹(いち)丁行あたり又右へ町中を出はなれ野へ出る右にひゑい山向に松が崎見ゆる。是より野道ますぐに壹丁半程ゆきて左に上賀茂への道有あぜ道也貮丁程ゆき又道三筋有中の道を行べし又四丁程行右の田の中にちいさきもり有此前にて又道貮筋有左の方をゆくべし向に上賀茂の町見ゆる。上賀茂 山城國愛宕郡、別雷皇太神宮(わけいかづちくわうだいじんぐう)當國の一宮也。大鳥井を出右へ川をわたりつゝみをこへ貮丁ゆけば小川有此川をこへ左の方藪土手の内へ入右にひろ道有是則大宮通の北也壹丁行て左に大宮のやしろ有賀茂のまつしや也六七丁ゆきて右に今宮への道有。今宮 葛野郡紫野(かどのこほりむらさきの)。是よりもとの大宮通へ出右へ貮丁余行て。大徳寺 今宮の東南龍寶山(りうほうざん)と號す。惣門を出南へ行右に。大将軍社(だいしやうぐんのやしろ)、大徳寺門前。是より壹丁余行左に。雲林院(うんりんいん) 紫野の内禪宗、大徳寺に属す。船岡山 大徳寺の南に有。今宮御旅所 雲林院のたつみ。是より南へ貮丁余行右へ石橋をこへ、すぐに行町へ入此町を右へ四丁行。焰魔堂(ゑんまどう) 光明山引攝寺(くわうみやうざんいんぜうじ)と號す眞言宗。此寺の前を南へ三丁半行又右へ貮丁行ば。大報恩寺 瑞應山(すいおうさん)と號す。猶此門前を西へ貮丁ゆきて北野天満宮のうらの御門へ出る。天満宮 北野天じんと云。平野 天満宮のうしろ。是よりよき導あらば金閣寺へ行べし。紙屋川 平野の明神の前に流るゝ川也。金閣寺 北山鹿苑寺といふ禪宗。是より半丁行て松林の道貮筋有右の方大道をますぐに六七丁行下立賣通(しもたちうりとおり)へ出下立賣を東へ五丁、此間を西の京といふ、千本通と云へ出て此所にて二條の御城への道をとふべし。」二条城までの道順は誰かに訊け、と旅の最後で、『京内まいり』は旅の極意をいう。「是より野道ますぐに壹丁半程ゆきて左に上賀茂への道有あぜ道也貮丁程ゆき又道三筋有中の道を行べし又四丁程行右の田の中にちいさきもり有」と記しているこの「田」が、京都府立植物園となった。「ちいさきもり」は、そのまま植物園に残る半木神社(なからぎじんじゃ)の森である。植物園の中の、薔薇園の洋名の薔薇に混じって、金閣という名の薔薇が咲いている。色は黄色である。1975年、岡本勘治郎という男が、この世に生み出した薔薇である。金閣は、Peaceという薔薇の交配種である。PeaceはJoanna Hillと、Charles P.KilhamとMargaret McGredyの交配種の交配種である。薔薇は毎年、幾種類もの新種が世に出るという。世に出た薔薇は、名付けられる。京都出身の岡本勘治郎は、手掛けた黄色い薔薇に、金閣と名付けた。金閣という薔薇の名は、奇妙である、とも違う。異様である、とも違う。滑稽である、とも違う。悪趣味である、とも違う。はじめに言葉ありき。その黄色い薔薇が世に出る前に、金閣という言葉はあった。金閣鹿苑寺金閣金閣である。岡本は、その金閣という言葉を、拝借したのである。金閣という言葉をもって、その黄色い薔薇を見る。金閣という言葉を受け入れると、洋名であることを常識にしていた薔薇の咲く薔薇園や、それを見て歩く人までもが虚偽であるかのように、世界が疑わしく覚えて来る。植物園はいま、紅葉している。ペンギンの足のようなフウの葉は赤く染まり、スモークツリーの枝先に落ちかけの赤い葉と、撚った糸のような花が垂れ残り、山茶花が花を散らし、鶏頭が赤く立ち、コスモスが群がり咲いている。一本の黄色い薔薇に付けられた金閣という言葉は問答無用の力を持ち、その薔薇や薔薇の植わる地上を、強引に押し切っているのである。常識の目は、金閣という言葉でその薔薇を見ることを一旦は拒む。あるいは受け入れ難く拒み続ける。常識が覆(くつがえ)される時、快感を覚えるということはある。その覆され、それを受け入れるまでの間に感じる別の感じというものも、あるにはある。金閣という薔薇は、その意味で虚実である。

 「十一月の夜寒の星月夜のきれいな晩、俳句会の帰りに、良々はさげ提灯灯して、私とともに帰るのであった。」(瀧井孝作俳人仲間』新潮社1973年)

 「【東京電力第1原発ルポ】廃炉への道、一進一退、作業環境着実に改善」(平成27年11月11日 福島民友ニュース・みんゆうNet掲載)