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 鉄棒に少年二人二日の朝 佐藤鬼房。二日は、約束事として正月の二日である。物語の一場面として、このような場景はあるかもしれない。テレビCMであれば、この直前に年始の賑やかな家の様を置いて繋げれば、少年二人の何かしらの気分は否応なく場面に現れる。が、俳句は、二日の朝の六文字で事を済ませ、具体的な物語は必要としていない。鉄棒は小学校の校庭の隅にあり、公園にもある。二人の少年は兄弟であってもかまわないが、恐らく兄弟ではない。少年二人は示し合わせて、この場所にやって来たのではない。空は晴れている。少年二人が浴びているのは、夕日ではなく、正月二日の朝日である。少年二人のいる場所は、世界のどの場所であってもおかしくはない。二〇一六年正月二日の京都市の日の出は七時五分で、日の入りは十六時五十六分だった。

 「一月の川一月の谷の中」(飯田龍太『句集春の道』牧羊社1971年)

 「【復興の道標・作業員】除染の仕事失い困窮 生活保護制度の課題」(平成28年1月10日 福島民友ニュース・みんゆうNet掲載)