2014-12-01から1ヶ月間の記事一覧

妙心寺の塔頭退蔵院の方丈の白壁に、如拙の国宝「瓢鮎図」の模本コピーがカレンダーの最後の一枚のように貼ってある。所蔵物であった実物の「瓢鮎図」は、京都国立博物館の収蔵庫に眠っているという。家々の居間に下げた新年カレンダーの一月は、雪景色かも…

六道珍皇寺の本堂脇の階段を、四十手前の女が履いていた靴を脱いで上がり、板戸に切った格子穴に顔を当てて内を覗いた。その傍らの閻魔堂の戸に空いた二つの格子穴を、五十過ぎの夫婦が別々に覗いていた。夫婦が覗いているのは、小野篁(おののたかむら)と…

朝日新聞デジタルは戸村登の名で、終い弘法の記事を載せている。「京都南区の東寺で21日、今年最後の縁日となる「終(しま)い弘法」が開かれた。境内には、正月の食材や縁起物などを売る約1、200軒もの露店が軒を連ね、大勢の買い物客でにぎわった。…

1962年刊の林屋辰三郎の岩波新書『京都』に、太秦(うずまさ)にある蛇塚の口絵写真が載っている。手前に広がる茶畑の茶の木の丈と比べれば、写真でも無造作に大石を積み上げたような蛇塚のその大きさが分かる。蛇塚は土が失せて露出した、六世紀末から…

こきりこの竹は七寸五分じゃ 長いは袖のカナカイじゃ。こきりこ節はこうはじまり、窓のサンサもデデレコデン はれのサンサもデデレコデン、と囃子が入る。こきりこ節は、富山県五箇山地方に伝わる謡である。竹の寸が七寸五分よりも長ければ、踊る時に袖の邪…

船岡山の登り口は八ヶ所あり、その内の三ヶ所は建勲神社の参道口である。船岡山は、平安京朱雀大路を内裏を越えて延ばした線上の北にあり、清少納言が、岡は舟岡、と褒めたたえた平安京の裏山である。山の西側は葬りの地、蓮台野である。西行は、舟岡の裾野…