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 三条大橋を東に渡り、東山三条交差点を過ぎると間もなく、白川の橋の上に出る。橋の名前は白川橋である。橋の東詰に、道標が立っている。その面に曰く、是よりひだり ちおんゐん ぎおん きよ水みち。別の面に曰く、京都為無案内人立之。これは蛇足である。さらに進むと、北に平安神宮の鳥居を望む神宮道と交差する。神宮道を南に折れてすぐのところに、粟田口とだけ彫られた石柱が立っている。刀鍛冶粟田口吉光の粟田口である。鎌倉室町より京の七口の一つ、と案内札にある。口が七つもあれば、絵本の世界では化け物である。化け物は人に滅ぼされるか、化け物の世界に還って行く。人の住むところ、世界そのものが化け物であれば、話はどのような成り行きになるのであろうか。どのような成り行きになっているのか、とすれば、話は現在に帰って来る。門はそれと知らざる者にのみ開かれている、とどこかの寺の門口に下手な字で書いてあったが。三条通に道を戻れば、勾配がつきはじめ、右手に粟田神社の鳥居が現れる。石畳の参道の片側に、白粉花、紅葉葵、水引草が花を咲かせ、もう片方はアパート住宅が並び、軒先にシャツ下着が干してある。参道は細い通りに出て一旦途切れ、だらりとした坂と階段に変わる。坂を登り切ると眺望が開け、高くも低くもない高さから、京都を見渡すことが出来た。社務所の受付口に、昼食中のことわり書きが出ていた。裏山でツクツク法師が鳴いている。本殿の縁に置いてある芳名帳をめくると、並河某という者の名が毎日記されていた。源義経が奥州平泉の藤原秀衡の元に下る時、この粟田神社に詣でたという。いや、詣でたかもしれないという。であれば十五才の義経が見下ろした京の町が、そののち七つの口を持つ化け物となっていくのである。粟田神社を後にして、円山公園に行った。途中神宮道沿いの青蓮院知恩院には寄らなかった。知恩院三門は、粟田神社を見て来た者にはいささか大き過ぎた。京都駅前に、手荷物自転車預かり所があり、明りのないセメント床に自転車バイクが並んだ奥の上がりに、下着一枚の男が両腕を後ろに突いて半身を支え、ズボンを履いた素足を前に投げ出していた。現在の京都の口の前にいる男である。

 「といいますのは、知のなかに現実界があるのは真理のおかげだからです。しかし知は真理のすべてではなく、しかも真理でもないのです。」(「知と真理」ジャック・ラカン 佐々木孝次・市村卓彦共訳『ディスクール』弘文堂1985年)

 「国道6号、車の規制解除 3年半ぶり全面通行」(平成26年9月15日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)