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 遊びゐるたゞの子供や七五三 深川正一郎。たゞの子供が、作者深川正一郎の子供かそうでないかはわからない。が、突き放した云いの、たゞの子供、は、特別でなく、どこにでもいる子供として、むしろ好もしく作者の目に映っている。伝統行事の七五三の御参りであっても、参拝がすめば遊びに興ずる晴着姿の子供、は、この俳句の中にはいない。このたゞの子供は、十一月十五日の七五三の日であっても、晴着を着て御参りをすることもなく、家の庭先か近所の空き地で遊んでいる子供である。たゞの子供が作者の子であれば、親の都合が背後から透けてくるのである。ウニー・ルコント監督の映画『冬の小鳥』の主人公の女の子は、父親の都合で孤児院に入れられる。晴着を着せられ、大きなケーキを抱えて女の子は孤児院の門を潜る。が、父親は約束通りに迎えには来ない。孤児でない女の子は、当然孤児の生活を受け入れることが出来ない。孤児への贈り物は、女の子にとって侮辱である。父親の元へ、女の子は孤児院を抜け出す。が、自分の居場所が孤児院にしかないことを思い知らされる。女の子に、一人の友達が出来る。その友達の夢は、金持ちの養子になる事である。ある日、友達が女の子を置いて出掛ける。女の子は、地面に棒で絵を描いて、友達の帰りを待っている。が、孤児院のシスターから、友達は帰って来ないと告げられる。英語を話す夫婦に貰われていったのである。薄曇りの空の下で、ひとりぽつんと佇む女の子は、忘れ得ぬ「遊びゐるたゞの子供」だった。伏見の御香宮(ごこうのみや)神社で、七五三参りの親子が記念写真を撮っていた。両親と、女の子供が二人で、その下の子の左目が腫れて、塞がっていた。カメラマンが撮り終えると、髪をリボンで飾ったその子供は、足元をふらつかせながら姉の後ろをついて行く。たとえ片方の目が見えなくても、たとえ母親が手を引いてくれなくても、晴着姿の子供は、家族に離されまいと、千歳飴を引き摺り必死に歩いて行くのである。

 「そのすべてを思い出すことはできない。だが、そのうちのいくつかはいまでもはっきりと覚えている。」(篠山紀信 中平卓馬『決闘写真論』朝日新聞社1977年)

 「古里に「戻りたい」 富岡・微増13.9% 大熊・微減11.4%」(平成27年10月28日 福島民友ニュース・みんゆうNet掲載)