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 大事なもんどこにしもうたか、わからんようになってしもた。市からもろうたお米券も出てこん。いらんもんほかすこともようできひんし。あん人大腿骨に針金三本入っとるんやて。リハビリいうたかて、痛うてかなわんいうてな。もうヘルパーさんが来るころや。鴨川に架かる三条大橋の西詰に立っている東海道中膝栗毛の人物弥次郎兵衛喜多八の一メートル余の像を見て、どっちがどっちだか分からないと、旅の人たちが云っている。確かにどちらも同じ体格で、同じ丸顔で、同じように笑っている。膝栗毛によれば、二人の年の差は二十である。羽織を着ている方の両膝がやや内に折れ、その分腰が下がり、半身が心もち後ろに反っている。こちらが弥次郎兵衛であろう。江戸日本橋からはじまった東海道はここ三条大橋で終わり、鴨川を渡れば京であった。あるいは江戸を目指す第一歩の場所でもあった。古びた欄干の木肌に触ればその終わりか、そのはじまりのどちらかを感じることが出来る。円山公園のベンチで昼飯を食っていると、傍らのベンチに男がやって来て腰を下ろし、レジ袋から握り飯を取り出すと、こちらの手の握り飯に一旦目を向け、それからゆっくり自分の握り飯の包装を解き、「せやなあ」と、口に入れる前に聞こえる声で云った。浅黒い男の顔が弥次喜多の像と似ていなくもないが、二人のように笑ってはいない。思いつめた表情でも、何かを諦めた顔つきでも、明日を見据えた顔にもなっていない。声はその一言だけで、地面に転がる二つ三つの白い石ころの辺りから視線を逸らさず、黙々と握り飯を二つと菓子パンを一つ食い、終わるとすぐにベンチを立ってどこかに行った。円山公園は桜がそちこちに植わり、起伏があって見通しが悪い。男は戻って来なかった。男の声が落し蓋のように耳の穴に残っていた。試しに「せやなあ」と、声に出して云ってみる。すると、鏡を前にしている自分の姿が薄ぼんやりと浮かび上ってきた。「せやなあ」。不思議な言葉である。

 「簡単に云へば、彼はなるべく己れを尊く考がへたかったからである。」(夏目漱石『明暗』漱石全集第十一巻 岩波書店1994年)

 「震災3年半、復興半ば 沿岸部ではつち音」(平成26年9月12日 福島民友ニュース・minyuーnet掲載)