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 五月五日は、藤森(ふじのもり)神社にとって特別の日、藤森祭の日である。「藤の森の祭は毎年五月五日にして、当地の神、蒙古退治の為出陣し給ふ日なり。産子(うぶこ)は宵宮より神前に鎧を錺(かざ)り、祭の日は一ノ橋、稲荷、藤の森にて朝より走り馬あり。世に端午の佳節に武者人形をかざるは蒙古退治の吉例より始る。」(『都名所図会』)藤森神社は伏見稲荷大社の南にあり、藤森祭はその日馬の曲乗りを奉納する駈馬神事の観客の興奮を身に負いつつ、鎧兜の武者行列、鼓笛隊が伏見稲荷を目指して練り歩く。これは、この日の夜に得た知識である。旅の途中、駈馬神事を観た幕末の志士清河八郎は、『西遊草』に「尤(もつ)とも面白きは馬乗りなり。氏子の若ひ衆、思ひ思ひのよそをひをなし、鞍置き馬にまたがり、四番、五番目の中にて曲のりをなすなり。或(あるい)は鞍に逆さだち、或(あるい)は扇をひらき鞍に立ちあがり、或(あるい)は片足にて身を空になげうち、走る事飛ぶがごとく、実に町人・百姓にてはまれなるたくみ、修練のいたれるものなり。」と記している。伏見稲荷の千本鳥居を途中で引き返し、一ノ鳥居まで戻れば、その藤森祭の鼓笛隊が来つつあると云う。旅行をする者の大抵は、旅行を終えれば「わが家」に帰る。その帰ることも、旅行の内かどうかはわからないが、その戻り際に、鼓笛隊の音(ね)が聞こえて来たのである。一ノ鳥居の真ん前、稲荷駅のホームで、である。笛の音は遠くから聞こえて来て、伏見稲荷に来つつあってもホームからはその姿は見えず、真近にあってもその音は遠いものとして耳に響いて来る。線路が伸びるホームは旅の終りの景色であり、その景色に偶然の笛の音が重なり、たとえばその場に居ない者のことを思いながら聞くならば、その音はあるいは、その居ない者の耳にも響き聞こえたはずである。

 「人が空間の中に生きているかぎり、空間と何らかの折り合いのつけ方をしているわけで、「私」という特定の主語がここからの眺めを見ているのではなくて、私でなくても誰でもいい誰かがここからの眺めを見るという、そういう動作の主語の位置の暫定(ざんてい)的にいるのがいまは私なのだという風に感じられることが、空間との折り合いのつけ方のひとつなのかもしれなくて、それなら自分の中に蓄積された時間や行為という考えは少し単純すぎると思った。」(保坂和志カンバセイション・ピース』新潮社2000年)

 「「住宅除染」進捗率は全体計画の81% 道路50.2%、水田95.1%」(平成28年5月6日 福島民友ニュース・みんゆうNet掲載)