山梔子(くちなし)と知ることになる白い花 久乃代糸。たとえば、山梔子の花とは知らず白き花、と詠む時、「知らず」と云いながら「白き花」が山梔子であることを知っている。ある日、辺りに匂いを漂わせている白い花を目にしたが、その時はその花が山梔子であるとは知らなかった。あるいは、山梔子という花の名は知っていたが、目の前の花が山梔子であるとその時は分からなかった。が、その時側にいた者が山梔子の花であると教えたのかもしれない。あるいは、花を目にしてから何年も後に同じ花を目にし、あの時の白い花が山梔子であったと知ったということかもしれない。「知らず」と詠みつつこの句は、「知る」という時間の流れを詠んでいる。が、「山梔子と知ることになる」という句の「知ることになる」という云い表わしには、やや異なる時間の流れを含んでいる。その時間の流れは、白い花を見たという過去があり、花の名を知ることになるのは、はじめて見た時からみれば未来のことであり、山梔子という名を知った現在では、知ることになるという未来は思い返している過去である。「知ることになる」というこの者の山梔子への私的(わたくしてき)思いのこもった云い回しは、運命の指摘のように大袈裟であり、思わせ振りでもある。が、大袈裟なもの云いは俳句の云うところの滑稽振りでもあるのである。花園妙心寺の、放生池を囲む生垣の山梔子が花を咲かせていた。濃い葉の緑に六弁の白い花の点々はいかにも鮮やかである。放生池は、総門を入ってすぐに掘られ、禅宗の並びでは伽藍が三門、佛殿、法堂と奥に続いてゆく。伽藍を除いて見える景色は、砂利と石畳と幾本かの松と塔頭の薄ら白い築地である。この花は、このような禅寺の鼻先で暫く芳香を漂わせるのである。口なしの花さくかたや日にうとき 蕪村。匂いのする山梔子の咲いている方に目をやれば、いかにも無口な花が咲いていそうな日当たりの悪いところである。あるいは、庭で山梔子を咲かせるあの人とは、日に日に疎遠になっている、と蕪村は詠んだが、芭蕉は山梔子の句を詠んでいない。

 「浮世の中の淋しき時、人の心のつらき時、我が手にすがれ、我が膝にのぼれ、共に携へて野山に遊ばゝや、悲しき涙を人には包むとも我れにはよしや瀧つ瀬も拭ふ袂は此處にあり、我れは汝が心の愚なるも卑しからず、汝が心の邪(よこしま)なるも憎からず、過にし方に犯したる罪の身をくるしめて今更の悔みに人知らぬ胸を抱かば、我れに語りて清しき風を心に呼ぶべし。」(「やみ夜」樋口一葉樋口一葉集』河出書房1953年)

 「処理水の海洋放出「社会の合意形成が課題」 原子力学会長が見解」(令和3年6月14日 福島民友ニュース・みんゆうNet掲載)