御火焚や霜うつくしき京の町 蕪村。八日、伏見稲荷大社の一の鳥居から二の鳥居に続く参道の両側に「火焚祭」と記した幟が風にひらひら揺れている。鳥居が立つ奈良街道は外国からの観光客で溢れ、千本鳥居に向かう人の波もほぼ海外からの参拝客で、ナイロン製のようなまがいものの羽織袴を身に着け丸笠を被った金髪や赤い髪の若い男の集団まで混じっている。「火焚祭」が行われる祭場は、千本鳥居を入ってすぐの左手の石段を上ったところにあり、十二時を過ぎたあたりから縄を張った石段の前に行列が出来始め、ごったがいしている端でその行列に並んでいる者の大方は外国の観光客のように見える。列を後ろに辿って明らかに日本人のように思える者は十人にひとりもいない。「伏見稲荷の火焚祭 五穀豊穣を感謝して新しい稲ワラを忌火で焚き、田の神を山に送って新春に大神の再来を祈願する。午後1時、本殿祭についでの山の斎場で神事があり数10万の火焚串と稲穂が忌火で焚かれる。宮司をはじめ神職大祓詞(おおはらえのことば)を読み上げ、巫女の神楽舞とともに家内安全、万福招来が祈られる。夕刻からは本殿前で朝廷からの奉納が慣例となっていた御神楽が奉せられ、人長舞(じんちょうまい)が奉納される。」(『京都暮らしの大百科』淡交社2002年刊)一時を過ぎると、行列は千本鳥居手前にある白狐社、奥宮の裏まで伸びていて、ほぼ日陰のままのその裏は、十一月の薄ら寒さがあり、わずかに日の射している地面の砂利に混じるドングリを、並ぶのに飽きた中東から来たような丸々と太った子どもがシャツの捲(めく)れた腰の上の白い背中を剥き出しにして拾っている。一時から本殿で行われているはずの神饌が供えられ、祝詞を上げ、新藁に斎火が点され、神楽女が舞う神事をここで並ぶ者は目にすることが出来ない。列が二重三重になり、時が来て前の方から俄かに動き出し、千本鳥居を潜って石段を上がれば、最前にいた者らの人垣がすでに祭場を取り囲んでいる。祭場には杉の葉で覆われた三基の火床があり、奥の石段の手前には数十万本という祈願の言葉を記した火焚串が積み重なっている。祝詞が上げられ、本殿で点した新藁の火が割り竹を束ねたような細長い三本の松明のようなものの先に点され、それぞれの火床にその先が差し込まれると直ぐに火が点いてもうもうと煙が立ち上る。そちこちのスピーカーから大祓詞(おおはらえのことば)が流され、熱気が漂い、いよいよ束にした火焚串が放り上げるような動作で投げ入れられる。と、後ろの方で「見えへん」だか「見られへん」だかという独り言のような女の声がすると、背の高い外国人の若いカップルがその半ば白髪を染めた年寄りの女に前を譲り、何事かと振り向いた最前の中国人のような女の二人連れがその背の低い年寄りのために隙間を作って間に迎え入れる。年寄りの女はすぐに小さな声で唱え始める。何も見ていないその年寄りの女の言葉は、マイクの前で並んで座る宮司らが唱えている大祓詞(おおはらえのことば)と同じように聞こえる。後に調べた大祓詞(おおはらえのことば)はこのような詞である。「高天原に神留(かむづま)り坐(ま)す 皇親神漏岐(すめらがむつかむろぎ) 神漏美(かむろみ)の命(みこと)以ちて 八百萬神等を神集へに集へ賜ひ 神議(かむはか)りに議(はか)り賜ひて 我が皇御孫命(すめみまのみこと)は 豐葦原水穂國を 安國と平けく知ろし食(め)せと 事依(よ)さし奉りき 此(か)く依(よ)さし奉りし國中(くぬち)に 荒振る神等をば 神問はしに問はし賜ひ 神掃(はら)ひに掃(はら)ひ賜ひて 語(こと)問ひし磐根 樹根立 草の片葉をも語(こと)止(や)めて天の磐座(いはくら)放ち 天の八重雲を 伊頭(いつ)の千別(ちわ)きに千別(ちわ)きて 天降し依(よ)さし奉りき 此(か)く依(よ)さし奉りし四方の國中(くぬち)と大倭日高見國(おほやまとひだかみのくに)を安國と定め奉りて 下つ磐根に宮柱太敷き立て 高天原に千木高(ちぎだか)知りて 皇御孫命(すめみまのみこと)端(みづ)の御殿(みあらか)仕へ奉りて 天の御蔭 日の御蔭と隠り坐(ま)して 安國と平けく知ろし食(め)さむ國中(くぬち)に成り出でむ天の益人(ますひと)等が 過ち犯しけむ種種(くさぐさ)の罪事は 天つ罪 國つ罪 許許太久(ここだく)の罪出でむ 此(か)く出でば 天つ宮事以ちて 天つ金木を本(もと)打ち切り 末打ち斷ちて 千座(ちくら)の置座(おきくら)に置き足らはして 天つ菅麻(すがそ)を本刈り斷ち 末刈り切りて 八針(やはり)に取り辟(さ)きて 天つ祝詞の太祝詞事を宜(の)れ 此(か)く宣(の)らば 天つ神は天の磐門(いはと)を押し披(ひら)きて 天の八重雲を伊頭(いつ)の千別(ちわ)きて 聞こし食(め)さむ 國つ神は高山の末 短山(ひさやま)の末に上り坐(ま)して 高山の伊褒理(いほり) 短山(ひさやま)の伊褒理(いほり)を掻き別けて聞こし食(め)さむ 此(か)く聞こし食(め)しては 罪と云ふ罪は在らじと 科戸(しなど)の風の天の八重雲を吹き放つ事の如く 朝(あした)の御霧(みぎり) 夕(ゆふべ)の御霧を 朝風 夕風吹き拂ふ事の如く 大津邊に居る大船を 舳(へ)解き放ち 艫(とも)解き放ちて 大海原に押し放つ事の如く 彼方の繁木が本(もと)を 燒鎌(やきがま)の敏鎌(とがま)以ちて 打ち掃ふ事の如く 遺(のこ)る罪は在らじと 祓へ給ひ清め給ふ事を 高山の末 短山(ひさやま)の末より 佐久那太里(さくなだり)に落ち多岐(たぎ)つ 速川の瀬に坐(ま)す瀬織津比賣(せおりつひめ)と云ふ神 大海原に持ち出でなむ 此(か)く持ち出で往(い)なば 荒潮の潮の八百道(やほぢ)の八潮(やしほぢ)道の潮の八百會(やほかひ)に坐(ま)す速開都比賈(はやあきつひめ)と云ふ神 持ち加加呑みてむ 此(か)く加加呑みてば 氣吹戸(いぶきど)に坐(ま)す氣吹戸(いぶきど)と云ふ神 根國 底國に氣吹き放ちてむ 此(か)く氣吹き放ちてば 根國 底國に坐(ま)す速佐須良比賈(はやさすらひめ)と云ふ神 持ち佐須良ひ失ひてむ 此(か)く佐須良ひ失ひてば 罪と云ふ罪は在らじと 祓へ給ひ清め給ふ事を天つ神 國つ神 八百萬神等共に 聞こし食(め)せと白(まを)す」火焚串を投げ入れる神職は顔を火照らせ、袖を捲(まく)り直す。数十万本を焚くには一時間以上の時間を要し、割り込んで来た年寄りの女は恐らくは大祓詞の唱えが一巡したのであろう、するすると人垣から出て行った。そらで大祓詞を唱えたその者は、改めて目の前の火焚きを信者のための神事であると思わせた。その神事を囲む人垣の九割以上は海外からの観光客であるが。

 「風が吹いている。「風が吹いている」というと、そのことが意味をもちすぎるきらいがある。「風が吹いている」ことも、一つの現象であるということだ。昆虫も鳥も動物もいる。そして人間が住居を作って生活している。人間は永遠に生臭いが、生臭いのは人間にかぎらいのに、人間を生臭いとしているのは何故か。」(「二百二十年めの風雅」小島信夫小島信夫批評集成7そんなに沢山のトランクを』水声社2011年)

 「福島第1原発デブリ初の回収 3グラム以下、データ分析へ」(令和6年11月8日 福島民友ニュース・みんゆうNet掲載)

 伏見稲荷大社、火焚祭。